2008年08月27日

神学大全を日本語で読めるサイト

「存在論日記」の大黒学さんが、ネット上で『神学大全』の全訳を開始している。
http://theologia.jp/
最近まで気づかなかった不明を恥じる。
必要なのに誰もやらないことをするというのは大変なことで尊敬申し上げる。これを機会に研究者たちが、神学の古典の日本語訳をネット上にソースとして置いてくれると大変うれしい。

ところで『神学大全』、読みたいけれども、あんな大部の作品読み通すことなどできないとお思いの方は多いであろう。実はちょっとした裏ワザがあって、それはTimothy Mcdermott ed."SUMMA THEOLOGIAE"(Christian Classics)を読むことだ。これは異論―解答形式を解体して一連の文章のように通読できるものとして、『神学大全』を圧縮要約した本(およそ6分の1)。それでも600ページを超えるが、現物を読むよりはましだろう。
たまに一部分のみを拾い読みする人(私)がいるが、本来はご法度である。というのはアクィナス自身、「初心者がドツボにはまるのは、本が順序良く書かれてないから」と『神学大全』序文で述べている通り、最初から読まないとよく分からない仕組になっているからだ。もちろん、全体の構図が頭に入っていると、より細部を理解しやすくもなる。
通読したことのない私が言うのもなんだが、数ある哲学書の内で『神学大全』はとても読みやすい方だと思う。おそらく分からなさの多くは、キリスト教神学に対するなじみの薄さに原因がある。しかし、そういうとっつきの悪ささえクリアすれば、『形而上学』『純粋理性批判』『精神現象学』『存在と時間』といった難解哲学書よりは、はるかに分かりやすい。しかも哲学的に得るところも大なのだから、そういう方面に興味のある人が読まずにいるのはもったいないことなのだ。
もちろんカトリック教会の教えを包括的に学びたい方にとっても、最適な教科書である。古いから、と心配する必要はない。『神学大全』が呈示した思想は、今もカトリック教会の中に生きている。
そういうわけで、トマス・アクィナスを初めとする中世哲学をもっと身近なものに、と願う(願うだけ)私には、このWeb『神学大全』日本語訳は貴重な贈物なのであった。

(文責・金田一輝)



posted by kanedaitsuki at 10:00| Comment(12) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「通読したことのない」貴方が「とても読みやすい方だと思う」とか「はるかに分かりやすい」「そういう方面に興味のある人が読まずにいるのはもったいない」などと言うのは、矛盾かつ滑稽かつ愚の骨頂ともいうべき行為でしょう。「(私が言うのも)なんだが」とは誤摩化すのもはなはだしい。「構想10年、準備期間1年を経て立ち上げた(実話)」が聞いて呆れる知的怠惰ですね。貴方が「不明を恥じる」べき点は、「『神学大全』の全訳」の件ばかりではありません。
Posted by 北原 at 2008年09月11日 18:24
「通読したことのない」貴方が「とても読みやすい方だと思う」とか「はるかに分かりやすい」「そういう方面に興味のある人が読まずにいるのはもったいない」などと言うのは、矛盾かつ滑稽かつ愚の骨頂ともいうべき行為です。「構想10年、準備期間1年を経て立ち上げた(実話)」が聞いて呆れる知的怠惰ですね。貴方が「不明を恥じる」べき点は、「『神学大全』の全訳」の件ばかりではありません。
Posted by 北原 at 2008年09月11日 18:26
北原さん、コメントありがとうございます。

 二重投稿になってますが、どちらかを削除しましょうか?

>「通読したことのない」貴方が「とても読みやすい方だと思う」とか「はるかに分かりやすい」「そういう方面に興味のある人が読まずにいるのはもったいない」などと言うのは、矛盾かつ滑稽かつ愚の骨頂ともいうべき行為でしょう。

 はて、なぜでしょう? まったく分かりません。
 「通読したこと」がないのは、事実だからそう述べているのであって、私は自分が読んだ限りにおいて「はるかに分かりやすい」「そういう方面に興味のある人が読まずにいるのはもったいない」と思ったのですから、「矛盾」でも「滑稽」でも「愚の骨頂」でもありません。それは北原さんの主観的評価に過ぎません(こうした感情的な言葉を連ねると、言説に知性の色がなくなりますね(自戒を込め))。
 巷には「通読したことのない」人がその本についてあれこれ述べる言説が氾濫してますが、私自身はそのこと自体を、言説の評価には反映させません。というのは、部分的に読んでも正確に理解できる人もいれば、全体を読んでも正確に理解できない人もいるからです。
 たとえば『神学大全』について、『神学大全』にはこう書いているといいながら、でたらめなことを述べていれば、通読していようがいまいがアウトでしょう。
 この記事の問題点は、私が通読しているかいないかということよりも、他の哲学書に比べて「読みやすい」という主張を支えるものがないことで、本当は具体的な文章(『神学大全』及び他の哲学書から)を引くべきところです。それゆえ、通読してないもんの言うことなんか信じるもんか、という人がいても、それ自体は仕方がないですね。
Posted by kanedaitsuki at 2008年09月11日 20:22
北原さん、

 もう少し分かりやすい例を挙げましょう。
 例えば私は聖書も通読したことはありません(たぶん)が、「この本はキリスト教徒が大切にしている聖典で、思想的にも面白いから読んだ方がいい」と他人に薦めたとして、この行為も「矛盾かつ滑稽かつ愚の骨頂」なんでしょうか。あるいは大乗仏典などはすべて合わせると膨大な量になるはずですが、通読したことのある者のみが、他人に薦めることができるのでしょうか。
 そんな風に思うひとはまずいないと思いますが、いかがでしょう。
Posted by kanedaitsuki at 2008年09月11日 20:38
「知的怠惰」という点に関しては異議なしということですね。いくらあなたが「主観的評価」を列挙して意味不明な自己弁護を試みようとも、こればかりはどうにも覆りようがありませんね。「私が通読しているかいないかということよりも」などと、あなたは問題点から回避しようとしています。「矛盾」「滑稽」「愚の骨頂」でわからないというなら、「誇大妄想」と置き換えましょうか?
Posted by 北原 at 2008年09月11日 20:41
貴方は『アクィナスの「わらくず(藁屑)」発言』のところで、自ら紛い物であることをお認めになった。知的な紛い物が「カトリックの擁護」などと称しているのは、まさに誇大妄想以外の何物でもないでしょう。しかも聖トマス・アクィナスから「アッキーナ」などと幼稚な連想をしておられる。精神的な未成年者のようですね。自らの正当性を主張しようと延々と自己弁護すればするほど、自らの紛い物ぶりと精神的な未成年者ぶりを暴露し続けていることに、いいかげん自覚して下さい。
Posted by 北原 at 2008年09月11日 21:08
北原さん
あなたは金田さんに対して「知的怠惰」「紛い物」「精神的未成年者」などと罵倒しておられますが、それなら、

@「著書抄録を作成するには、原則としてアリストテレスの全著作に通じていなければならないが、私はまだその全部を読んではいない」(今道友信著:人類の知的遺産8『アリストテレス』(講談社刊)まえがきP.3)

アリストテレスの全著作を読まずに概説書を書いた今道先生も「知的怠惰」「紛い物」「精神的未成年者」だということになりますね。

A「しかしながら、心の片隅には、正規の神学校の過程をふまず、司祭でもない自分に、果たしてトマスがわかっているのだろうかという不安がいつもあった」(山田晶著:中公バックス・世界の名著20『トマス・アクィナス』(中央公論社刊)P.13)

そんな状態で、京都の聖トマス学院でドミニコ会のプリオット神父様の下で『神学大全』の下訳をしていた山田先生も「知的怠慢」「紛い物」「精神的未成年者」だということになりますね。

それほどの大口を叩くあなたは「天使的博士」どころか「天主的博士」なのかもしれませんが、それなら金田さんに「私がこれまで書いたものはすべてわらくずのように見える」と言わしめるぐらいの高邁深遠な哲理を開陳していただきたいものですね。
Posted by Gregorius at 2008年09月12日 00:37
北原さん、

>「知的怠惰」という点に関しては異議なしということですね。

異義なしなどと申した覚えはありませんが、どこで言ったのでしょうか?

>貴方は『アクィナスの「わらくず(藁屑)」発言』のところで、自ら紛い物であることをお認めになった。

自ら紛い物であることを認めてなどいませんが、どこで言ったのでしょうか?

北原さんのように、私が言ってもないことを言ったと言い張ることの方が、よっぽど「誇大妄想」です。
Posted by kanedaitsuki at 2008年09月12日 18:58
初めてコメント致します。作法知りませんので予めお許しを願います。
多分ご存知なのだろうと思いつつ。
異邦人駁論を京大の方が取り上げておられます。非常に美しいです。
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~skawazoe/text/thomas/scg/content.html
ご発言いつも楽しみにしております。
Posted by 小坊主 at 2009年02月06日 19:21
小坊主さん、コメントありがとうございます。

>多分ご存知なのだろうと思いつつ。
>異邦人駁論を京大の方が取り上げておられます。>非常に美しいです。
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~skawazoe/text/thomas/scg/content.html

 知りませんでした。早速リンク集に入れました(反映に少々時間がかかります)。ご情報感謝いたします。

 現在当ブログは開店休業中です。他のことで忙しいこともありますが、前々から興味のあったカトリック神秘思想研究にシフトしつつあるからでもあります。デュオニシウス、クザーヌス、エックハルトあたりが対象です。何かご教示いただければ幸いです。
Posted by kanedaitsuki at 2009年02月08日 19:40
 kanedaitsukiさま、
お休み中とは知らずお騒がせ致しました。
お返事ありがとうございます。

>デュオニシウス、クザーヌス、エックハルトあたりが対象です。
>何かご教示いただければ幸いです。

 ご教示など、とてもとても!適いません。

 ですが無い知恵を絞って、挙げられた知者達の名と睨めっこしてみると、
@異邦人論駁 ディオニシウス… の繋がり、否定神学の方面から読んでおられるのであれば、
アルベルトゥス『神秘神学注解』
グロステスト『真理論』などでしょうか。
平凡社 中世思想原典集成13 盛期スコラ学

A天上位階論の辺りから神秘思想を考察されておられるのであれば、創元社『天使辞典』グスタフ・ディヴィッドソン著 の参考文献リストが50頁(!!)もあります。4,800円
 人の悪意に疲れた夕べ、パラパラ天使の名をめくると癒されます。もしかしてお持ち?

Bドイツ神秘主義思想については無知です。エックハルトの本は翻訳を一冊読んだだけ。
沈黙致します。 

役に立たない情報で申し訳ありません。  
Posted by 小坊主 at 2009年02月09日 16:53
小坊主さん、コメントありがとうございます。

>お休み中とは知らずお騒がせ致しました。
>お返事ありがとうございます。

 まあ、こちらは9月17日からまったく更新してませんので・・
 もう一つの(メイン)ブログは、ほそぼそと続けてます。そちらでも神学関係は取り上げる可能性はあります。
http://d.hatena.ne.jp/kanedaitsuki/

 文献紹介ありがとうございます。全て持ってないやつです。洋書を優先してはいるんですが、参考にいたします。
 「平凡社 中世思想原典集成」は、平凡社ライブラリーでいずれ文庫化されるのではないかと思って、手をつけてません。
 偽デュオは英訳でほぼ全作品集録されているのがある(The Classics of Western Spiritualityシリーズ)のでそれを読んでいるのですが、邦訳も買おうとは思っております。天上位階論は訳されてましたよね、たしか。
 エックハルトはBernard McGinn"The Mystical Thought of Meister Eckhart: The Man from Whom God Hid Nothing"を取り寄せ中です。面白そうなので楽しみです。
Posted by kanedaitsuki at 2009年02月14日 21:26
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