2007年09月18日

沢田和夫『「神学大全」入門』

私のような凡人にはとうていあの難解で膨大な『神学大全』をきちんと読み通すことなどできない。ほんの少しの尻尾をつかむことさえ危ぶまれる。しかし、わずかなりともあのアッキーナの本心に近づきたいと願う人は少なくないはずだ。
あまたある入門書中、これほどそうした読者に寄り添い親身になって『神学大全』を解説してくれる本はない。果たしてアッキーナもこんなやさしいおじさんだったのではないかと錯覚させられかねない。まえがき冒頭から引こう。



最近、学生といっしょに読みながら、皆で「案外」におもしろい本だといっているのは、トマス・アクィナス『神学大全』(高田三郎訳、創文社刊)です。真理とは? 事実とどう違うのか、一貫性とか、全体があってはじめて真理というのではないか、というようなことを第一行から考えて行くような本です。カトリック的とは何か。一面的でないこと、全面的にキリストの救いの現実を伝えているのがカトリックということ、それではカトリック的真理とはどういうことかな。



以下、『神学大全』の勘所を、順序にそってわかりやすく教えてくれる。もちろん、それぞれが簡潔なものなので、ただしく「摘要」と呼ぶべきであろう。しかし、だからこそ、『神学大全』から長たらしく引用して、あれこれ論じてかえって要点が分からなくなるということがない。もちろん、『神学大全』以外の諸著作にも目配りして、じゅうぶん噛み砕いておられるので、上っ面の理解で終わっていない。
これで安心して『神学大全』を斜め読みできる、そんな希望を抱かしてくれる元気の出る一冊である。

(文責・金田一輝)




posted by kanedaitsuki at 09:18| Comment(13) | TrackBack(0) | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 アッキーナ・・・退任される首相夫人かと思いきや、13世紀のDoctor Angelicus のことですか。
 アクィノ村のトマ、という意味だそうですね。どこかに「真打」とも書かれていて、笑ってしまいました。

 この著者が保守派の論客として書かれた文章は、拝見したことはあるのですが、御専門は西洋哲学なのですか?この方が今の教会について苦言を呈しておられる内容は、全くその通りだと思います。

 金田さんがお読みになって、「真打」である天使的博士の思想と、第2バチカンを支える思想、あるいは、現代のカテキズム(CCC)を支える思想には、隔たりがありますか?

 岩波キリスト教辞典の9/13の項の執筆者ですが、この方は聖職者ではなく、第2バチカン公文書の忠実なる解説者だと思います。
 日本のカトリック大学神学科で学ばれた方の中には、まるで、1965年から教会が始まり、それ以前の1900年の歴史を否定的にしか説明されない方があります。教会2000年の歴史の中で、第2バチカンをとらえないと、ことの本質を見誤ると思います。
 ベネディクト16世は、公会議以前に大切にされていたカトリックの価値を、見直す方向性を持っておられるようなので、注目しています。
Posted by クマ at 2007年09月18日 15:36
クマさん、コメントありがとうございます。

>この著者が保守派の論客として書かれた文章は、拝見したことはあるのですが、御専門は西洋哲学なのですか?

この本には著者についての情報が1951年司祭叙階という以外ないので、わからないです。

>金田さんがお読みになって、「真打」である天使的博士の思想と、第2バチカンを支える思想、あるいは、現代のカテキズム(CCC)を支える思想には、隔たりがありますか?

「支える思想」「隔たり」が何を意味するのかよく分かりませんが、トマス・アクィナスと、第二バチカンないし現行のカテキズムが「対立的」関係にあるとは、まったく思いません。
沢田氏はこう書いてます。

「カトリック教会はどうしてか一貫した熱心をもってこの人、トマスの思想を推薦する。バチカン公会議諸決議文(また教会法典)は、キリストと十二使徒の名のほかに、一人の名をあげている。それがトマス・アクィナスです」(『「神学大全」入門』pp4-5)

言う前でもなく、第二バチカン公会議文書でも、現行カテキズムでも、トマス・アクィナスは頻繁に引かれています。ヨハネ・パウロ二世(最も第二バチカンの精神を体現していたと思われる教皇)も折に触れトマス哲学への学習を勧めていますよね。

>日本のカトリック大学神学科で学ばれた方の中には、まるで、1965年から教会が始まり、それ以前の1900年の歴史を否定的にしか説明されない方があります。教会2000年の歴史の中で、第2バチカンをとらえないと、ことの本質を見誤ると思います。

まったくその通りだと思います。
第二バチカン公会議自身、過去の公会議との連続性を確認しています。例えば、「これまでの公会議の教えを守り」(「教会憲章」1)、「教会の聖なる伝承と教説を探求し、そこから、古いものと常に一致した新しいものを引き出す」(「信教の自由に関する宣言」1、「トレント公会議によって確立された教理上の原則は不動である」(「典礼憲章」55)など。

別のコメント欄でも引きましたが、ラッチンガー(現教皇ベネディクト16世)の言葉も再掲いたします。

「はっきり言われなければならないのは、第二バチカン公会議は、第一バチカン公会議やトリエント公会議とまったく同じ権威(the same autholity)、すなわち、教皇ならびに教皇と交わりを持つ司教団によって支持されているということです。。その内容に関しても、第二バチカン公会議は、前の両公会議との最高度の連続性(in the stirictest continuity)を持ち、決定的な点で一語一語その諸文書を組み込んでいます」("The Ratzinger Report",Ignatius,1985,p28)

また"More Catholic than the Pope"(『教皇よりもカトリック』)は、de Servignyの論に沿って次のような指摘をしています。

「量の点から見て、第二バチカン公会議は直前の二つの公会議、すなわちトリエント公会議と第一バチカン公会議から豊富な引用をしている。事実、これらの公会議は実質上、第二バチカン公会議においてそれぞれ二十回引用されている」
「(「典礼憲章」55を引いた上で)これは先の公会議に対する最重要の参照である。なぜなら、それは、第二バチカン公会議がトリエント公会議の光において解釈されるべき箇所を確立しているからだ。手短にいえば、第二バチカン公会議の司牧上の焦点(pastral focus)の基礎を成す教義上の原理(dotrinal principles)は、トリエント公会議の原理なのである」
(Patric Madrid & Pete Vere "More Catholic than the Pope",Oue Sunday Visitor,2004,pp87-88)

第二バチカン公会議はそれまでのすべての公会議との連続性の上にあります。したがって、ニューマン枢機卿が言う意味での「教義の発展」(doctorinal development)はありえますが、内容上の変更や断絶は存在しえないのです。
Posted by kanedaitsuki at 2007年09月18日 19:46
 またまた、思い違いをしていました。すみません!

 『「神学大全」入門』の著者は、東京教区の神父様です。私が書いた「保守派の論客」とは、この方の名前一字違いのご兄弟でした!「学生といっしょに読みながら・・・」に気を取られ、元国立大学教授のご兄弟だと早とちりしていました。(美喜さんの御親戚です。)
 手元に神父様の説教集があります。第2バチカンの影響のない、伝統的な講話です。1951年叙階ですか・・・。ということは、かなりのご高齢ですね。

 ピウス12世の時代、伝統的なスコラ哲学で司祭養成され、旧典礼の荘厳な叙階式で、近代主義の排斥を誓われた方なのでしょう。
Posted by クマ at 2007年09月19日 02:28
>『「神学大全」入門』の著者は、東京教区の神父様です。私が書いた「保守派の論客」とは、この方の名前一字違いのご兄弟でした!

「澤田昭夫」さんのことですか? 兄弟とは知りませんでした。ということは正式には「澤田和夫」なのかしらん。
Posted by kanedaitsuki at 2007年09月19日 08:15
 昨晩、久しぶりに、その説教集を読んでいたのですが、「澤」となっていました。ラテン語・ヘブライ語、豊富に使われます。「8年間の神学校生活」・・・望まれた道とはいえ、それは厳しかっただろうなあ、と想像していました。岩下神父様あたりと、接点があったかもしれませんね。
 私はお会いしたことはないのですが、数年前、一緒にメキシコに行かれた方の素人写真を見せてもらいました。白髪のおじいさまでしたが、まさか、叙階が1951年という年齢には見えなかったです。
 (ここから先は余計な話ですが・・・この11/30からの週末も、八王子、師イエズス修道女会の宿泊施設で黙想会の指導されるようです。ご兄弟≠ニは違い、エキュメニズムにも寛容なお立場のようです。)
Posted by クマ at 2007年09月19日 17:33
>昨晩、久しぶりに、その説教集を読んでいたのですが、「澤」となっていました。

アマゾンで「澤田和夫」検索すると出ますね。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=sr_nr_seeall_2/249-1487734-5041103?ie=UTF8&rs=&keywords=%E6%BE%A4%E7%94%B0%E5%92%8C%E5%A4%AB&rh=i%3Aaps%2Ck%3A%E6%BE%A4%E7%94%B0%E5%92%8C%E5%A4%AB%2Ci%3Astripbooks

「澤」の方の著作は所有していないので確認できませんが、たぶん「沢田和夫」と同一人物なのでしょうなあ。
Posted by kanedaitsuki at 2007年09月20日 09:53
澤田和夫神父さまのこと。

「真理とは? 事実とどう違うのか、一貫性とか、全体があってはじめて真理というのではないか、というようなことを第一行から考えて行くような本です。」
この書き出しが、澤田和夫神父らしいですね。押し付けず、それとなく考え方の方向を整える。。もう結論は出てしまっているのですね。

最初にお会いした頃既に倒れられた経験があり、50歳にして身体は70代だとのことでした。それほど身を粉にして事に当たっておられたのです。清瀬教会では個人的にも温かくお世話いただきました。

何年か前、浅草教会で再会したころ、室内を裸足で歩かれるのはフランシスコ会の教会だからではなく、「スリッパを履いていては、ひっかかって転ぶのです。」って仰ったけど、ほんとはなんだったのかしら?
 
旧知の誼みでチラと洩らされたことなどはともかく、わたしのような素人の質問にも真剣に耳を傾けて、本質的な答をくださいます。その頃いろいろ考えていたことをぶつけてみたところ、「それは哲学者の考え方ですよ」とだけでした。
彼は、今目の前にいる人に必要なものは何か、それを「分かち合う」ことができるか、そういったことをいつも心掛けておられるようでした。
その会合のあとではいつも、「さあみんな、イエス様食べたいでしょ」と仰って、御聖体拝領となりました。

その後はご無沙汰しておりますが、11月には黙想会のご指導ですか。お元気そうでなによりです。お会いしたいです。
Posted by 百花 at 2007年09月27日 23:01
百花さん、コメントありがとうございます。

前に百花さんに薦められた本てこれだったかなあ、と思っていたのですが、やはりあっていたのですね。最近やたらアクィナスづいていて片端からアクィナス本を読んでいる最中なのです。

百花さんの記述で和夫師のお人柄がうかがえます。本でもじゅうぶん伝わってきました。
Posted by kanedaitsuki at 2007年09月28日 09:11
高円寺教会で 今朝 澤田神父様のごミサに与かって
ちょっと感激したので どんな神父様なのかとネットで調べていたら
ここに行き当たりました。
澤田神父様は 1919年生まれだそうで 89歳。
いつもは 別の神父が司式なさるので 私はお姿を拝見するだけなのです。
お歩きになるのをみていると 危なげでハラハラするし
ミサで聖書を読んでくださっても 明瞭でない。
ただ、今朝 聖体拝領のとき 間近でみたら 
お目が なんとも綺麗で そして力強いので 感激したのです。
本当に吃驚しました。とても生命力あふれる 印象的なお目でした。
Posted by そら at 2008年07月08日 14:52
そらさん、コメントありがとうございます。

お話をうかがうに、何か静かなカリスマ性があるお方なのでしょうね。お会いしたことがないので、想像するのみですが。

あと、関係ないですがうちからこの本を買っていただいた方がいるようで、うれしい限りです。洋書の方はさっぱりなのですが・・。
Posted by kanedaitsuki at 2008年07月08日 18:10
澤田神父様が保守派というのはまったくのまちがい。『キリストの建設』中央出版社(サンパウロになってからはでていません)をお読みください。資本主義の持つ反人間性にも目を向けていらっしゃいます。

昭夫さんは、哲学者ではなくむしろ思想史研究者。英米では思想史も「歴史学部」で教えますからヒストリアン=歴史学者。こちらが保守派。ただし、モーア研究はこの人の手でぐんとレベルが上がった。

神父様は、早稲田のカトリック研究会を指導しておられました。ここは、馬でいえばじゃじゃ馬。下手に郷里の知識を見せびらかしたりすると振り落とされます。60年安保のまっさかり。血気盛んな学生が「デモに行こう」と言い出して、同調者続出。別に共産党やブントが潜入していたわけではないですよ。それほど、岸内閣のやり方は目に余った。で、神父様、
「いいですよ。行ってらっしゃい。気をつけてね」
学生有志(多数)を送り出しましたたとさ。

これがイエズス会からきているドイツ人の神父だったらどうだったか。
「共産主義ノ扇動デス。無神論ノろしあや中共からあめりかがアナタタチを守ッテイルノデス。でもニ行ク、ダメ」とやって、火に油を注いだでしょう。

学生ですか? 無事に帰ってきましたよ。左にかぶれもせず。かといって反共にもならず。「悪いことは悪いんだ」といってね。

澤田和夫神父さまに恵まれたことで早稲田の学生たちは道を誤らずにすみました。

半澤孝麿さん(東大卒。都立大教授。田中耕太郎に関するきわめて禁欲的な名作あり)は、東大カトリック研究会での弟子です。
Posted by Max at 2009年03月15日 22:57
訂正
郷里→教理

なお、お疑いでしたら、早稲田大学カトリック研究会のOB諸氏にお問い合わせください。赤羽根恵吉、鵜飼康東(関西大教授、歌人)から勝俣誠(明治学院大教授、現代アフリカ経済専攻、ジュビリー2000の賛同者)、中島さおりまで、多士済々でした。


私もカト研OBです。
Posted by Max at 2009年04月21日 17:31
Maxさん、

 当ブログ主の金田一輝です。

 私自身は澤田神父が保守派などと言った覚えがないので放置していたのですが、ともかく誰のコメントに対してなのかを明記しておいた方がよろしいのではないでしょうか。
 ちなみに「クマ」さんも、保守派は「澤田昭夫」さんの方だと訂正してます(Posted by クマ at 2007年09月19日 02:28)から、正直誰に対して何のためにコメントを投稿なされているのか、私にはさっぱり分かりません。
Posted by kanedaitsuki at 2009年04月21日 20:08
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