2008年08月25日

マリア第五の教義覚書(1)

マリア第五の教義とは、聖処女マリアは「共贖者(Coredemptrix)、すべての恵みの仲介者(Mediatrix of all grace)、神の民の弁護者(Advocate for the People of God)」であるという教義で、仲介者マリアの民衆の声(Vox Populi Mariae Mediatrici)が、このことを教皇が教義決定し宣言するよう請願する運動を行っている。
(以下を参照。
http://www.ewtn.com/library/MARY/MEDIATRI.HTM
http://www.fifthmariandogma.com/index.php?option=com_form&Itemid=602
当初のヨハネ・パウロ2世への請願書とは違い、ベネディクト16世への請願書では「共贖者、全ての恵みの仲介者、弁護者という三つの主要な相の下において、すべての人々の霊的母(the Spiritual Mother of all peoples under its three principal aspects as Co-redemptrix, Mediatrix of all graces, and Advocate)」と、より包括的な表現に変更されていることに注意)
今の所、本格的な論考を書く準備ができていないので、メモ代わりに覚書を認めておく次第。



数々のカトリック系の本を出版している竹下節子は、『聖母マリア 〈異端〉から〈女王〉へ』第五章「ドグマ狂騒曲」でマリアの教義についてとりあげている。もちろん、ぬかりなく第五の教義にも言及している(というより、もっともおいしい話題なのだろう)が、至る所に首をかしげざるをえないような記述が見られる。竹下は新聞記事を元に(!!)「仲介者マリアの民衆の声」運動について記述したうえで、以下のように書いている。

第五の教義論争
 一九六二年の第二ヴァチカン公会議で、聖母マリアの位置づけが初めて特別の議題として上がったときは、退けられている。マリアはあくまでも教会の一員であって神と人との仲介者ではあり得ないからだ。それでもマリア信仰が、聖書、初期教父文書、典礼の伝統に根ざしていることのみは確認されたが、他の議題に関しては常に九〇パーセント内外の圧倒的多数で裁決されていたこの公会議において、マリアの「統一をつくる者(FAUTRIX UNITATIS)」という称号は、二〇〇〇人の投票者のうち五二パーセント以下の同意を得たにとどまった。それを受けて一九六四年一一月二一日に発表された全体の憲章『民の光』の中では、「教会の母、すなわち司牧者も信者も含むすべての神の民の母」だと宣言された。現在のところ、マリアは「教会の娘」であると同時に「教会の母」でもあるというパラドクスは、キリスト教徒の魂が超自然を目指すシンボルとされている。


『聖母マリア 〈異端〉から〈女王〉へ』、講談社選書メチエ、1998年、p.128

なんとも非論理的(非説得的)な文章である。
まず確認しておくと、竹下は第五の教義を「処女マリアは、共同の贖い主で、すべての恩寵の仲介者で、神の民の弁護人である」(pp.116-117)という教義であると同じ章で明記している。にもかかわらず、まったく脈絡なく「統一をつくる者(FAUTRIX UNITATIS)」という称号の話が出てくる。関連があるとしても、その関連が語られておらず、何のために持ち出したのか、さっぱり分からない。
最後の文「現在のところ、マリアは「教会の娘」であると同時に「教会の母」でもあるというパラドクスは、キリスト教徒の魂が超自然を目指すシンボルとされている」はまったくチンプンカンプンだ。教会のどこの誰が「パラドクス」を「キリスト教徒の目指すシンボル」だなどと唱えているのか教えて欲しいものである。

「教会の母」云々についてだが、竹下節子は「(マリアは)教会の母、すなわち司牧者も信者も含むすべての神の民の母」だと『民の光』で宣言されたと言っているが、こんな文章は「教会憲章」(Lumen Gentium=『民の光』)の中には存在しない。存在することを証明するのは簡単だが、存在しないことを証明するのは難しい。「教会憲章」のマリアに関する章(52-69)を読んでくれとしか言えないが、さしあたりヨハネ・パウロ2世の言葉を典拠としてあげておこう。
http://www.ewtn.com/library/PAPALDOC/JP2BVM63.HTM
「公会議文書においては、「教会の母」という称号を聖処女に明示的にあててはいない」(1997年9月17日一般謁見講話・1)
この言葉は公会議文書ではなく、第三総会閉会時のパウロ6世のスピーチに出てくる(こちらの30を見よ)。ここでも、前述のヨハネ・パウロ2世の言葉を状況証拠として提出しておこう。
http://www.ewtn.com/library/PAPALDOC/JP2BVM63.HTM
「教皇パウロ6世は第二バチカン公会議自体が、「マリア、教会の母すなわち、信徒であれ聖職者であれ、すべての神の民の母」と宣言することを望んでいたであろう。彼は、1964年11月21日の、公会議第三総会の終わりにおけるスピーチで、自らそれを宣言した。」(1997年9月17日一般謁見講話・5)
竹下節子はおそらく、一次文献である公会議文書を1ページも読むことなく二次文献をまる写ししてしまったのだろう。

さて、最も重要な第一文「一九六二年の第二ヴァチカン公会議で、聖母マリアの位置づけが初めて特別の議題として上がったときは、退けられている」という主張を検討してみよう。まず、そもそもこの文章には主語がなく、いったい何が「退けられている」のかがはっきりは分からないが、とりあえず文脈上「第五の教義」のことだとしておこう。このパラグラフ全体から、竹下節子はマリアの称号として「教会の母」だけが憲章から「退けられ」なかったと考えていることが推測される。この推測は、別の箇所で竹下が以下のように書いていることからも正しいものと裏づけられよう。
「第二ヴァチカン公会議でも、マリアへの言及について司教たちの意見が分かれたとき、パウロ6世の力で、何とか「教会の母」という比喩的で無難な称号を承認させた」(『聖母マリア 〈異端〉から〈女王〉へ』p.135)
すでに確認した通り、実際には第二バチカン公会議公文書「教会憲章」では「教会の母」という称号は退けられている(使用されていない)。では逆に、第五の教義で用いられている「共贖者、仲介者、弁護者」はどうだろうか。
結論から言うと、「共贖者(Coredemptrix)」は「退けられている」が、他の二つは使用されている。

マリアは天にあげられた後も、この救いをもたらす務めを放棄せず、かえって数々の取り次ぎによって、われわれに永遠の救いのたまものを得させるために続けている。マリアはその母性愛から、まだ旅を続けている自分の子の兄弟たち、危険や困難の中にある兄弟たちが、幸福な祖国に到達するまで、配慮し続ける、このために聖なる処女は、教会において、弁護者(Advocate)、扶助者(Auxiliatrix)、救援者(Adjutrix)、仲介者(Mediatrix)の称号をもって呼び求められている。


Lumen Gentium 62

したがって、第一文を第五の教義に関する「称号」が「退けられている」という意味に解する限り、竹下節子の主張は正しくない。三つのうち二つは第二バチカン公会議公文書「教会憲章」で採用されているからだ。ちなみに件の四つの称号は、『カトリック教会のカテキズム』969において、またヨハネ・パウロ2世の回勅『救い主の母(Redemptris Mater)』40において引用され再確認されており、公会議以降も、教会教導権によって決して退けられていない。
第五の教義の教義決定が退けられたという意味ならば間違いではない(第二バチカン公会議はマリア教義に限らず新たな不可謬宣言を避けていたのだから当たり前)が、パラグラフ全体から見て、竹下はそのような意味では書いていないと思われる。かりにそういう意図だったとしても、誰でもわかるように明示的に説明しておくべきで、いずれにせよ欠陥のある文章だと評価せざるをえない。

総じて竹下節子の記述には、カトリックのマリア論に対する一般的な偏見が反映しているように思われる。第二バチカン公会議が第五の教義を退けた理由として挙げられている「マリアはあくまでも教会の一員であって神と人との仲介者ではあり得ない」という第二文の文言は、その最たるものだろう。
確認した通り、第五の教義に関する称号についてすら、公会議文書に採用されている。そればかりではない。この称号が表す教義内容については、第二バチカン公会議のみならず、教会が繰り返し教えてきたことにほかならないのだ。上述の「教会憲章」の続きを引こう。

しかし、このことは、唯一の仲介者であるキリストの尊厳と効力から何ものをも取り去らず、また何ものをも付加しないという意味に解釈されなければならない。
 事実、いかなる被造物も受肉したみことば・あがない主とけっして同列に置かれてはならない。しかし、キリストの司祭職に聖職者も信者の民も種々の儀式で参与するように、また、神の唯一の善性が被造物に種々の様式で現実に広げられているように、あがない主の唯一の仲介は造られた者が唯一の泉に参与しながら行なう種々の協力を拒絶するものではなく、かえってこれを引き起こすのである。
 教会はこのような従属的なマリアの役割をためらわず宣言し、絶えずこれを経験し、なおこの母の保護にささえられて、仲介者・救い主にいっそう親密に一致するよう、これを信者の心に勧める。


Lumen Gentium 62

この憲章は、一方で、キリストが唯一の神と人との仲介者であり、(マリアも含む)他の被造物はそれと同列に置かれないこと、他方で、この唯一の仲介は、被造物による協力を妨げないことを確認している。このことから分かるのは、マリアは、たしかにキリストと同じ意味で、同じ仕方で「神と人との仲介者」であることはありえないが、救いのわざに従属的に「協力」することで「仲介者」となることはありえるということだ。実際、マリアの仲介なしには、受肉の秘儀はありえなかった。
マリア第五の教義宣言請願運動の支持者も、決してこのような第二バチカン公会議の抑制されたマリア論を逸脱して、マリアを「よりいっそうキリストに似た立場に近づけてしまう」(『聖母マリア 〈異端〉から〈女王〉へ』p.131)ことなど意図していない。しかし、そうした事実は、一次文献の確認を怠って書きなぐった、好奇心を満たすだけのスキャンダラスな文章からは決して見えてこないのである。

(文責・金田一輝)



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2007年12月08日

無原罪の御宿り(4)

スコトゥスの弁証に移ろう。
著名な神学者たちによってこの「無原罪の御宿り」の教義が拒否されていたのは、アダムの子孫である全人類にとって原罪の伝達は不可避であると考えられていたことと、キリストの贖罪の普遍性に反すると考えられていたからであった(1)。
自然な生殖行為の結果形成された肉体に伝わった原罪は、注入の際、自動的に理性的魂に感染する。それを防ぐためには、肉体の懐胎(能動的懐胎)と魂の注入(受動的懐胎)の間に時間的な隔たりがあるとして、注入以前において肉体(胎児)に対する聖化が起こっていなくてはならない(2)。しかし、アクィナスが述べるように、魂なしの肉体は、罪の主体にもならないが、同時に、贖罪の対象にもならない(3)。
贖罪が理性的魂に対する普遍的な原罪の感染を前提にする限り、袋小路であり、解決手段はないように見える。しかし、無原罪で懐胎することが、それにもかかわらず一種の贖罪でもありうるのであれば、「無原罪の御宿り」論の難点二つは、ともに解消できる。

ここで考えなくてはならないのは、一般的に言って「救い」とは何かということだ。キリスト教的思考に慣れ親しんでいると、「救い」は常に罪からの解放と反射的に考えてしまう。つまり、いったん陥った罪のくび木から、人を自由にすることが「救い」であると思う。しかしこれは、言ってみれば「原罪」、すなわち、生まれながらに神の恩寵を失った人間の状態を当たり前のものと見なしているからこその、結論である。
古典的カトリック護教家ニューマン枢機卿は、マリアの無原罪受胎を信じることよりも、むしろすべての人間が原罪とともに生まれてくることの方が大いなる謎であると言っている(4)。これを踏まえて、現代の著名なカトリック護教家デーヴ・アームストロングは、堕落以前のアダムとイブ、天使達の例を挙げて被造物が無原罪で生まれることはあると指摘したうえで、つまるところ「堕落が人類にとって異常なのであり、マリアの無原罪懐胎は異常ではない。それは単に正常な状態への回帰なのだ」と述べている(5)。
「無原罪」という言い方は「原罪」の否定だから、何か「原罪」の方が積極的な概念であるかのように見える。しかし、本当はむしろ「無原罪」の方が積極的な概念であり、「原罪」こそ、その否定なのである。「原罪の本質は、アダムの堕罪の結果としての、聖化する恵みの欠如である」(6)。
こうした観点からすれば、「救い」とは人間の本来の状態への回復を意味する。そうであれば、確かにマリアにもまた、「救い」があったのだと言えるのである。
デーヴ・アームストロングは、非常にわかりやすくこのことを説明している。

中世の神学者たちは、マリアはすべての人間と同じく救われた(イエスはすべての救済と贖罪の源として彼女のためにも死んだ)と論じた。他の人間とは別の仕方ではあるが。彼らは森にある穴にたとえた。もし、誰かが穴に落ちたとして、他の誰かがロープをたらして上に引き上げて助けたとしたら、彼は「救われた」と言える。しかし、落ちてしまう前に、誰かが引き止めて救助したとしても、やはり彼は「救われた」と言える。穴は罪(と原罪)を意味し、救助は神とその恩寵である。マリアは決して穴に落ちなかった。だがだからといって、彼女が救われなかったとか、そこから救助されなかったとは結論できない。彼女は確かに救われた。それが起きたのは、彼女の存在の最初の瞬間であったわけだから、その救いは徹頭徹尾神の恩寵によるものであるし、またそうでなくてはならない。

"Was Mary's Immaculate Conception Absolutely Necessary?"(7)

数多くの神学者たちが行き詰ってしまったのは、「浄化の贖罪」の場合、魂の注入と聖化との間には、ごくわずかであっても時間的隔たりがなくてはならないからであった。スコトゥスはこの時間的隔たりを、まるで極限のように限りなくゼロに近づけ、最終的にはゼロであっても贖罪が成り立つことを示したのだ。いわば、ゼロも数字であることを、はじめて証明したようなものである。
神学者たちが上記の時間的隔たりを想定せざるをえなかったのは、原罪と贖罪の先後関係を実際の時間軸上に置いていたからである。それゆえ、原罪(穴)に落ちてからしか、救いはないと思い込んでいた。しかし、ほっておけば原罪に落ちるにしても、原罪(穴)に落ちる前に救うことができるとすれば、この先後関係は、実際の時間軸上にある必要がなくなる。たとえば仮定法過去完了時制で考えれば、想像上の先後性でしかなくなるわけである。これを文章の形で述べれば、次の通りである。

「人類共通の生殖の結果として、マリアは原罪に陥っていたはずであった、もし仲介者の恵みによってあらかじめ保護されていなかったらならば。」(8)

この原罪からのあらかじめの救いを「先―贖罪」(praeredemptio)と呼ぶ。そしてこれは、既にアクィナスの念頭にあった「保護の聖化」という考え方の、まさに受動的懐胎の瞬間への適用であった。このようにしてスコトゥスは、「無原罪の御宿り」の教義を弁証することができた。(9)
ルードヴィヒ・オット博士の簡明な要約を引こう。

この問題の最終的な解決への正しいアプローチは、まずフランシスコ会の神学者ウェアのウィリアムによって手がつけられ、彼の偉大な弟子ヨハネス・ドゥンス・スコトゥスによって完成された。スコトゥスは、生命活動の聖化への先行は、時間上である必要はなく、概念上であればよいと教えた。先―贖罪というこの考え方を導入することで、マリアの原罪からの免除と贖罪の必要性とを調和させることに、彼は成功した。スコトゥスによれば、原罪からの保護は、最も完全な種類の贖罪である。それゆえ、キリストがこの仕方で彼の母を贖ったのは相応しいことだった。スコトゥスと一体となったフランシスコ会は、ドミニコ会とは対照的に、マリアの無原罪の御宿りの祝日を断固として擁護した。

Fundamentals of Catholic Dogma(10)


「無原罪の御宿り」は「贖罪の普遍的必要性」と矛盾しない。なぜなら、それは、通常とは違う仕方ではあるが、やはりある種の「贖罪」(先贖罪、保護の贖罪)であるからだ。スコトゥスの偉大さは、「無原罪の御宿りの」を、単に別の「贖罪」であるとしただけでなく、さらに進んで、むしろ「最も完全な種類の贖罪」であるとしたことだった。スコトゥスはいわば次の公式を生み出した。

無原罪の御宿り=最も完全な贖罪(IC=MPR)

この一見平凡な公式の背後に、それまでの様々な教義の歴史が横たわっている。オイラーの公式のように、まったく別々に発見された重要な概念が、一つにまとめられている。結果的には単純に見えるものにおいてこそ、天才の叡智が秘められている。
「無原罪の御宿りの祝日」は、神の救いの経綸の神秘とともに、天才神学者の思想の神秘の記念でもあるのだ。

(この項つづく)

(1)Gambero,op.cit,p.249
(2)『キリスト教神学事典』(教文館、2005年)「聖母マリアの無原罪の宿り」項によれば、「生命の付与、または胎児(embryo)に魂の注入されるのは、女児の場合には受胎の瞬間ではなく、約3ヶ月後であるとされていた」。
(3)Gambero,op.cit,p.238
(4)「無原罪の教義よりも難解な教義はいくらでもある。原罪がそうだ。マリアには難解なところはない。原罪なしに魂が身体と結びつくということを信じるのは困難ではない。幾百万もの人間が原罪とともに生まれるということこそ、大いなる謎である。われわれのマリアについての教えは、一般的な人類の状態についての教えに比べればまったく理解するにたやすい。」
(Dave Armstrong"A Biblical Defence of Catholicism",Sophia Institute Press,2003,pp.186-187)
Dave Armstrong"More Biblical Defence of Catholicism",1stBooks,2002,p.121も参照
また、フルトン・J・シーンも次のように述べている。
「この時代の何者であれ、「無原罪の御宿り」に反対するのを、私は決して理解できない。現代のすべての非キリスト者は、彼らが無原罪で受胎したことを信じている。もし原罪が存在しないのであれば、その場合人類全員が無原罪で受胎したことになる。なぜ彼らは、自らに帰するものをマリアに許すことにしり込みするのだろう?」
(Fulton J.Sheen"The World's First Love",Ignatius,1952,p.17)
(5)"Was Mary's Immaculate Conception Absolutely Necessary?"
ttp://socrates58.blogspot.com/2005/01/was-marys-immaculate-conception.html
(6)Ott,FCD,p.199
(7)ttp://socrates58.blogspot.com/2005/01/was-marys-immaculate-conception.html
(8)Gambero,op.cit,p.249
参考のため英語原文を載せておく。拙訳はわかりやすさのために、語を補っている。
"As a consequence of common generation, Mary would have had to contract original sin had she not been preserved by the grace of the Mediator."
(9)ジョン・ハードン編『カトリック小事典』(エンデルレ書店、1986年)「無原罪の宿り」項は次のように説明しているが、「保護」の観点が欠けているため、非常にわかりにくい。
「スコトゥスは、マリアに原罪がなかったことと、マリアがキリスト降誕前に懐胎したことを調和させるために、キリストの功績を先取りして事前に救われたという考えをとり入れた」
『岩波 キリスト教事典』(岩波書店、2002年)「無原罪の宿り」項にいたっては、ほとんどあさっての方向に行っているように見える。
「ドゥンス・スコトゥスは「キリストの功徳の予見」という概念を導入し、神の選びによってマリアがキリストによる救いにあらかじめ参与させられたと説明した」
(10)Ott,FCD,p.202

(文責・金田一輝)



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2007年12月06日

無原罪の御宿り(3)

アクィナスは『神学大全』第三部第27問で「マリアの聖化」について取り上げている。第一項で子宮内聖別を肯定したあと、第二項主文でスコトゥス以前の「無原罪懐胎」論を否定している。

聖処女の聖化は生命活動(animatio)以前に生じたとは考えられない。理由は二つある。
一つ目は、わたしたちが言っている聖化とは原罪からの浄化を意味するからだ。デュオニシウスが言うように(『神名論』12)、聖化とは完全なる浄化である。さて、罪は恩寵によってのみ取り除かれ、恩寵の対象とは理性的被造物のみである。それゆえ、魂の注入以前において、聖処女は聖化されていない。
二つ目は、理性的被造物のみが罪の対象であるので、魂の注入以前の懐胎した胎児は罪と関係しないからだ。そしてそれゆえ、どういう仕方であれ聖処女が生命活動以前に聖化されたとしたならば、聖処女は原罪の汚れを招かなかったことになる。そうすると、聖処女はキリストによる贖罪も救済も必要としなかったことになる。しかしキリストについては「彼は人々を罪から救う」(マタイ1:21)と書かれているのだ。もし聖処女が生命活動以前に聖化されていたなら、それは「キリストはすべての人間の救世主」(第1テモテ4:10)ではないということを意味する。(しかし、それはおかしい)それゆえ、聖処女はあくまで生命活動の後に聖化されたのである。

Summa Theologica V,q27,a2(1)

ここでアクィナスは、はっきり問題の焦点を肉体への魂の注入の瞬間、のちに言うところの受動的懐胎(生命活動)の時点に絞り込んでいる。そして第一に、原罪・無原罪を云々できるのは、少なくとも理性的被造物と言いうる受動的懐胎以後であると説き、第二に、かりにダマスケヌス流の「肉体の聖化」があって、その結果魂への原罪の感染がなかったとしたら、それは「贖罪の普遍的必要性」と調和しないと説いている。
再三述べた通り、アクィナスはここで、単に原罪の浄化は受動的懐胎より以前には起こらなかった、と言っているだけだから、実は「イネファビリス・デウス」の定義の意味での「無原罪懐胎」を否定してはいない(2)。
ところでアクィナスは、「無原罪の御宿り」という教義に一貫して反対していたわけではない。二十世紀を代表する厳格トミスト・ガリグ=ラグランジュは、この教義に対するアクィナスの思想遍歴は三段階あると言う。
第一段階はこの教義に肯定的で、『命題論集註解』Tに表れている。
「純粋性はその反対物からの離脱によって増加する。それゆえ、すべての罪の感染から免れていたならば、創造上可能なかぎり最も純粋な被造物があることになる。原罪と自罪から免除された聖処女はそうした例である」(3)
第二段階は上述した『神学大全』にある通り否定的。第三段階は再び肯定的で、生涯の最後の時期に書いた「天使の挨拶について」で、「彼女(聖処女)は最も純粋で欠陥がなく、原罪も道徳的罪も自罪も招かなかった」とあるらしい(4)。
アクィナスにこうした思想の「ふらつき」があることに多少驚かれる方もいるかも知れない。ガリグ=ラグランジュはアクィナスの思考の軌跡を次のように語っている。

このような教義の進展は神学者では稀なことではない。まず彼らはその難しさを知ることなしに、伝統から受け入れた理論を提示する。その後、省察によって、より慎重な態度を採用することになる。最後に彼らは最初の立場に戻る。神の贈与の豊かさは私たちが理解できるよりはるかに大きく、大した理由もなく神に制限をかけるべきではないということに気づくからだ。

The Mother of the Savior and our Interior Life(5)

先取りして言えば、スコトゥスが「無原罪の御宿り」を弁証する時に使用した重要な概念は、「概念上(本性上)の先後性」と「保護する贖罪(聖化)」であるが(6)、実は両者ともアクィナス自身がすでに使っていた考え方だった(7)。つまり、アクィナスは弁証のための道具を自ら手にしておきながら、ついにそれを使用して「無原罪の御宿り」を論証することはなかった。大神学者にしては、これはこれで不思議に見える。
しかし、アクィナスも「時代の子」である。「無原罪の御宿り」は当時はまだ不可謬の信仰箇条ではなく、名だたる神学者たちは皆反対していた(聖ベルナール、ペトロス・ロンバルドゥス、ヘールズのアレクサンドル、大アルベルトゥス、聖ボナベントゥラ)。さらに、主にイギリスで繰り広げられていた、この教義発展の新しい動きについての、たよりになる情報を得ていなかった。(8)
何よりカトリック神学者としてアクィナスもまた、当然のことながら教会の伝統に忠実だった、ということは特記されていいだろう。第一段階の、きちんとした論証抜きにこの教義を肯定する態度もある意味ではそうである。第二段階の否定についても、ガリグ=ラグランジュは他の論者の意見もふまえて「聖トマスの沈黙は、多くの他の教会とは違って、受胎の祝日を祝っていなかったローマの教会の慎重な態度に影響されたということはできる」という興味深い指摘をしている(9)。
つまり、アクィナスは、あくまでその当時のローマの裁定(というよりも裁定の保留)に忠実だったのだとも言えるのである。少なくとも、ローマの決定があった場合、「無原罪の御宿り」になお反対したとは考えにくい(10)。
見てきたように、カトリック教会を代表する神学者であるアクィナスが「無原罪の御宿り」の教義に反対した、とは単純には言えないのである。とりわけ、教会の意向に反対してまでそうしたという事実はない。カトリックにおける教義の歴史を考える上で、神学的発展と教会の態度決定の関係は、見逃してはならない重要なファクターなのだ。

(この項つづく)

(1)http://www.newadvent.org/summa/402702.htm
(2)ただし、幾つかの問題は残る。アクィナスは同じ項の第二異論回答において「聖処女は確かに原罪に感染した」と書いており、また、『命題論集註解』Vでは「魂の注入の瞬間でさえ、その時彼女に与えられた恩寵によって根源的欠陥を免れることはなかった。人類においてキリストのみが贖罪の必要性のない特典を有している」と言っている。
(Fr.Reginald Garrigou-Lagrange"The Mother of the Savior and our Interior Life",TAN,1993,pp60-61参照)
しかし、アクィナスの論証の根本前提は「贖罪の普遍的必要性」にあるので、彼が1854年の定義に反対しただろうという権利は確かにない。
(3)Garrigou-Lagrange,p.59
(4)ibid.,p.62
(5)ibid.,p.63
(6)Ott,FCD,pp.201-202
(7)「本性上の先後性と時間上の先後性を他の多くの場合ではそうしているのに、(『神学大全』第三部第27問第二項では)区別しなかった」
(Garrigou-Lagrange,op.cit.,p.60)
「聖トマスは二つのことを主張している。@神の母は贖われた。A彼女の聖化は保護の聖化だった」
(Summa Theologica Editorial Note,Christian Classics,1981,p.2156)
(8)Summa Theologica Editorial Note,p.2156
(9)Garrigou-Lagrange,op.cit.,p.61
実際、ここで取り上げている第27問第二項の第3反対異論回答で、アクィナスは以下のように述べている。
「ローマの教会は聖処女の受胎を祝していないけれども、この祝日を保つ幾つかの教会の慣習は黙認しており、それ故、この祝日はきっぱり否認されてはいない。しかしながら、この祝日の式典によって、彼女が受胎において聖なるものであったと私たちは理解しない。いつ彼女が聖化されたかは分からないので、彼女の受胎の祝日というよりも、彼女の聖化の祝日が、彼女の懐胎の日に続けられているのだ」
Summa Theologica V,q27,a2
http://www.newadvent.org/summa/402702.htm
(10)ベルナールも、この教義と祝日に反対する手紙の中で、この問題全体に対するローマの判定には従うつもりであると留保を入れている。
「教会から受けたものを、安心して保持し、安心して他に渡してきた。教会から受けたのではないものについては、容易には受け入れないだろうと私は告白する」
(Luigi Gambero"Mary in the Middle Ages:the Blessed Virgin Mary in the Thought of Medieval Latin Theologians",Ignatius,2005,p.138)
Pelikan,"Maria",p.193も参照

(文責・金田一輝)




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2007年11月28日

無原罪の御宿り(2)

ベルナールやアクィナスのような神学者が「無原罪の御宿り」の教義に反対した、という言い方は、この教義を批判する際、ほとんど機械的に成されている。とくにアクィナスの思想は、ほとんどカトリック教会と一体と見なされているだけに、「アクィナスも反対している」という事実は、もっともらしい大義名分であり、教会が無理やりこの教義を信徒に押しつけているかのように印象づけるのにもってこいなのだろう。
しかし、ベルナールやアクィナスなどの神学者が「無原罪の御宿り」に反対したというのは、厳密に言えば、正しくない
すでに述べたように、スコトゥスがこの教義の進展に貢献したのだが、もう少し言うと、スコトゥスによって確立した「無原罪の御宿り」教義は、それ以前のものとは別物である。つまり、「無原罪の御宿り」教義については、少なくともスコトゥス以前のそれと、以後のそれを区別する必要がある。ベルナールやアクィナスなどが反対したのは、スコトゥス以前の「無原罪の御宿り」教義であり、少なくとも1854年の「イネファビリス・デウス」による教義宣言の形での「無原罪の御宿り」に反対した事実はない(1)。「イネファビリス・デウス」によって宣言されたのは、もちろんスコトゥス流のそれである。

至聖なる処女マリアは、その懐胎の最初の瞬間に、全能の神からの唯一無比の恩恵の賜物と特典によって、人類の救い主キリストの功績を考慮に入れて、原罪のすべての汚れから守られた。


Ineffabilis Deus(DZs2803(1641))
(2)


まず理解せねばならないのは、ここでいう「懐胎」とは「受動的懐胎」(passive conception)であるということだ。その意味は、「神によって創造された魂が両親によって準備された身体状の物質に注入された瞬間」である(3)。簡単に言えば、肉体と精神が結びついた瞬間である。両者が結びついてはじめて全人格的な「人間」となる。
カトリックの教義では、原罪は人間の自然な生殖活動を介して伝達されると考えられている(4)。つまりひとは、両親の生殖行為によって形成された身体から、魂の注入の瞬間、まったく自動的に原罪に感染することになる。そこでスコトゥス以前の「無原罪の御宿り」の擁護者は、聖化の時期を、この受動的懐胎以前においたわけである。
カトリック百科事典(Catholic Encyclopedia)は、ダマスケヌスの例を挙げている(5)。ダマスケヌスは、マリアの両親の生殖行為そのものが聖霊によって守られ、情欲を免れていたとしている。その結果、両親によって準備されたマリアの肉体そのものが、すでに聖化され、純化されていたことになる。スコトゥス以前の「無原罪の御宿り」教義は、このような「能動的懐胎」(active conception)における聖化を元に弁証されていた。
カトリック百科事典は、この頃の論争について、以下のように説明している。

13世紀において、異論が生じた原因は、大部分は議論の主題についての明るい見通しが欠けていたことにある。「懐胎」という語は様々な意味で使われており、注意深い定義によって区別されていなかった。もし聖トマスや聖ボナヴェントゥラや他の神学者たちが、1854年の定義の意味でこの教義を知っていたならば、彼らはその反対者になる代わりに、最も強力な擁護者になっていたであろう。

彼らによって議論された問題は二つの命題にまとめることができる。両方とも、1854年の教義の意味に反している。

・マリアの聖化は、魂の肉体への注入の前に生じた。その結果、魂の免罪は肉体の聖化の結果ということになり、原罪感染について、魂の側には責任がないことになる。これは、能動的懐胎の聖化に関するダマスケヌスの意見に接近することになるだろう。
・聖化は魂の注入の後に、聖化されていない肉体との結合によって魂が陥る「罪の奴隷状態」からの贖いによって、生じた。この形式の論理は「無原罪の御宿り」を排除している。

神学者たちは、注入前の聖化と注入後の聖化の間に中間があることを忘れていた。注入の瞬間の聖化だ。

Catholic Encyclopedia:Immaculate Conception(6)

実は「無原罪の御宿り」教義の反対者たちさえ、何らかの意味でマリアが「汚れなき(immaculate)」存在であることは否定していない。ベルナールもアクィナスも懐胎後の子宮内での聖化は認めている(7)。聖化の時期が(受動的)懐胎以前か以後かで、立場が二分されていたわけである。
1854年の「イネファビリス・デウス」の定義を知った目で見ると、中世の神学者たちが聖化の時期を、以前でも以後でもなく、まさに丁度「懐胎の瞬間」にあったと(スコトゥスのように)考えなかったことは、不思議に映る。
もちろん、これには理由がある。そもそもスコトゥス以前の「無原罪の御宿り」教義の欠点は、聖化を能動的懐胎の時点、すなわち受動的懐胎以前に置いたことで、「贖罪の普遍的必要性」という教義と齟齬が生じるということだった(8)。すべての人間は原罪を受け継いでいるということは、すべての人間は贖罪の必要性がある、ということだ。魂の注入以前に聖化されていたならば、原罪を受け継いでおらず、贖罪の必要性がそもそもなかったことになる。
また、贖罪は当然ながら原罪を前提にしているから、実際に贖罪が成り立つのは、魂が原罪に感染したのちにのみである。従って、子宮内で聖化された場合でも、魂の注入と贖罪(聖化)の間には、ごくわずかであっても一定の時間を要することになる。その場合はもちろん、カトリック百科事典の説明の通り、無原罪で「懐胎」したとは言えなくなってしまう。

「無原罪の御宿り」と「贖罪の普遍的必要性」が二律背反であるかぎりは、二つの立場しかありえない。

(正)「無原罪の御宿り」は「贖罪の普遍的必要性」の例外である
(反)「無原罪の御宿り」は「贖罪の普遍的必要性」に反するゆえに否定される

プロテスタントの方が「無原罪の御宿り」教義に反対するとき、上記の(正)をその内容だと誤解してしていることが非常に多い。しかし、それはまさに、歴史的にカトリック教会内で批判されてきた立場そのものなのである。スコトゥスの弁証は、この(正)と(反)を止揚したものである。

(合)「無原罪の御宿り」は最も完全な「贖罪」を意味する(9)

しかし、先に進む前にまず、トマス・アクィナスによる「無原罪の御宿り」批判を確認しておこう。

(この項つづく)

(1)スタックポール神学博士は次のように述べている。
「事実、聖トマスと聖ベルナールは、1854年教皇ピウス9世によって定義された最終形態とは実質的に異なる中世的形態の教義に反対したのである。(・・・)聖トマスと聖ベルナールが、のちになって教会によって定義された教義に反対したのだと言う権利は私たちにはない。なぜなら、この形態での教義については、聖トマスと聖ベルナールはまったく知らなかったのだから!」
(ibid,p.40)
(2)訳文はハードン編『カトリック小事典』(エンデルレ書店)「無原罪の宿り」項からとった。
CCC(Catechism of the Catholic Church)491;FCD(Ludwig Ott"Fandamentals of Cathlic Dogma"TAN,1955)p.199参照
「イネファビリス・デウス」全文は以下で読める。
http://www.papalencyclicals.net/Pius09/p9ineff.htm
http://www.newadvent.org/library/docs_pi09id.htm
(3)Ott,FCD,p199
(4)CCC404;Ott,FCD,p.111参照
(5)Catholic Encyclopedia:Immaculate Conception
http://www.newadvent.org/cathen/07674d.htm
(6)Catholic Encyclopedia:Immaculate Conception
http://www.newadvent.org/cathen/07674d.htm
(7)Dr.Mark I.Miravalle,S.T.D."The Immaculate Conception and The Co-Redemptrix" in Calloway ed.,op.cit.,p.173;
Summa Theologica V,q27,a1
http://www.newadvent.org/summa/4027.htm#1
(8)「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです」(ローマ人への手紙5:12)
(9)Ott,FCD,p.202;Jaroslav Pelikan"Mary through the Centuries",Yale Univ.,1996,pp.196-197

(文責・金田一輝)




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2007年11月27日

無原罪の御宿り(1)

聖母マリアについて書かれた本の中で、一般に非常によく読まれている『聖母マリア <異端>から<女王>へ』(講談社選書メチエ)の第五章「ドグマ狂騒曲」において、著者の竹下節子は「無原罪の御宿り」の教義について以下のように記述している。

第三の教義は、一八五四年二月八日にピウス九世が宣言した「無原罪受胎」の教義で、マリアが原罪なくしてその母アンナの胎に宿ったとするものである。これは本来、「神の母」が普通の人間であってはおかしいという、初期教父たちによる神学的思弁から生まれた抽象的なものであった。
(・・・)
実は、この教義は最も無理があり、最も抽象的思弁的なものなので、古来しばしば論議の的になっていた。マリア好きだった聖ベルナルドゥスも、またトマス・アクィナスも、神学的正当性に欠けるとして退けている。はっきりと異端のカテゴリーに入れられた時代もあり、一六四四年のローマ異端審問条例は、「無原罪受胎=Immaculata Conceptio」という言葉の入ったすべての文書の没収を命じている。宗教改革をへてカトリックの脱迷信化がはかられたころだ。
このように大いに問題のある考え方だったのに、十九世紀も半ばになて、どうして突然、教義として取りあげられたのだろうか。それはヨーロッパのカトリックが、十九世紀に非宗教主義の攻撃の的になったからだ。反教会の傾向に脅威を感じるあまり、かえって反動的にマリア神格化の方向に傾いてしまったのだ。
(1)

事情を知らない読者が読んだ場合、この文章から「無原罪受胎」という教義について、どういう理解をするだろうか(予備知識のない人がマリアについて知ろうとした場合、この本を最初に手に取る可能性は非常に高い)。

●聖母の「無原罪受胎」という教義は、「抽象的・思弁的」で無理があり、古来から論議されつづけ、ベルナールやアクィナスなども神学的に否定し、1644年ローマから「異端」の扱いも受けた「大いに問題のある」考え方だったが、にもかかわらず、「非宗教主義」などの「反教会」の傾向への反動として、マリアを「神格化」するために、十九世紀にピウス九世によって、突然、宣言された。

こんな感じだろう(言うまでもなく、上記の文章は竹下節子の叙述をそのまま圧縮したものに過ぎない)。
多少ものの分かっている人なら、一読して不可解な印象を受けるはずだ。最も不思議なのは、神学者ドゥンス・スコトゥスの名がないことだろう。「無原罪の御宿り」という教義について、容易に入手できる事典なりなんなりを調べてみれば、十中八九その名が出る(2)。なぜなら、スコトゥスがこの教義の確立に大きな貢献をしているので、教義の歴史に踏み込んだ場合には絶対に欠かすことができないからだ。たんなる無知ならまだいいが、竹下は別の章(第三章「諸宗派とマリア」)では、スコトゥスの名をはっきり挙げており、「マリアが原罪なくして母アンナの胎に宿ったという神学を、初めて展開してみせた」と書いている(3)。それなのに、故意にかどうかは分からないが、なぜか教義史の叙述では、反対した神学者の名はぬかりなく採り上げていながら、擁護した側は、その名を知っているにもかかわらず、書き落としている。
また、教会文書について竹下節子は、「異端審問条例」という一つの反対例だけをクローズ・アップしているが、実は、その前後に「無原罪受胎」について肯定的な文書がたくさん出ている。その中には、教会会議、普遍公会議、教皇によるものも含まれる。これは、デンツィンガー資料集のような、カトリック教会文書を集めた本などを紐解けば、誰でもすぐに確認できる。
要するに、この竹下節子の文章は、「無原罪の御宿り」という教義について、反対意見だけを載せ、肯定的な神学者や肯定的な教会文書を無視することにより、著しくバランスの欠いたものになってしまっている。たしかに、この本は教義学の本でもなければ教義史の本でもないが、それでも、あまりに事実とかけ離れていると言わざるをえない(4)。
文章の論理もいささかおかしい。一方で、「無原罪受胎」の教義が1644年に異端とされたのは「脱迷信化」のためだとしながら、他方で、反教会の脅威への反動として、この教義が1854年突然(!!!)宣言されたのだと言う。なぜ1644年には「反動」がなかったのだろうか。なぜ1854年には「脱迷信化」がなかったのだろうか。(5)

マリアに関する教義は、竹下が述べる通り「古来から論議の的」であり、今でもたしかにそうである。「無原罪の御宿り」はその最たるものである。教義の文字通りの意味それ自体は、それほど難しくない。しかしその意義についてはしばしば混乱が見られる。そして、そうした混乱の理由の一端は、竹下節子の文章に見られるように、教義の歴史についての確かな視点を持たないことにある。スタックポール神学博士が述べる通り、「無原罪の御宿りの教義は、教会が言うところの『教義の発展』の典型例」(6)だけに、なおさらそうなのである。

(この項つづく)

(1)竹下節子『聖母マリア <異端>から<女王>へ』、講談社選書メチエ、1998年、pp.125-126
「一八五四年二月八日」は原文ママである。少なくとも私の所有する版(2004年第3刷)では訂正されていない(12月8日(無原罪の御宿りの祝日)が正しい)。
(2)例えば『岩波 キリスト教事典』(岩波書店)、『カトリック小事典』(エンデルレ書店)など。
(3)同上、p.71
(4)竹下節子のマリア教義についての理解の程度は、同書の以下のような文章から判断できよう。
第一の教義(神の母)「キリスト教は結局、聖母マリアのイメージをアルテミスに置きかえることで何とか布教に成功した。すると、エフェソス人たちは、今度はマリアを絶対崇拝し始めた」(p.119)
第二の教義(永遠処女性)「初期キリスト教世界で、マリアが実際に超常的な処女受胎と出産をしたと考えられていたのかは確かではない」(p.123)
第四の教義(被昇天)「この教義のもとになった聖書外典が成立した背景には、二世紀のグノーシス主義があるといわれている。神が人を救うために送る賢者(智恵=ギリシア語で女性名詞ソフィア=SOPHIA)は、死後に神のもとにもどって他の魂を導く役割をはたす。このソフィアが、イエスにではなくマリアに結びついたわけだ」(p.127)
第五の教義(共同贖罪者)「マリアは、魔術世界をカトリックにかろうじて結びつけている貴重なキャラクターなのだ」「この大事なキャラクターに第五の教義を付与することによって、よりいっそうキリストに似た立場に近づけてしまうことが戦略的に有効だと考えられても、決しておかしくない」(p.131)
(5)そもそも「ドグマ狂騒曲」という章題からも推測できる通り、竹下節子はマリアに関する教義を一種の「迷信」と見なしている節がある。
「一九五〇年には、マリア被昇天の教義が宣言された。教義はだんだんとキリストの教えから離れてフォークロリックなものに近づいていく」(p.135)
(6)Robert A.Stackpole,S.T.D."The Immaculate Conception in Catholic Apologetics" in Fr.Donald H.Calloway,M.I.C ed."The Immaculate Conception in the Life of the Church",Marian Press,2004,p.13

(文責・金田一輝)




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